松井と益子と年末と

28日にROYAL BOTTOMSが終わった。
6月からの半年間お付き合いくださいましてどうもありがとう。皆様。
なんかね、もう自分のライブが良かったかどうかは分からなかったけど楽しくやれたよ。ベロベロだったし。
最後だし、真面目にやろうと思ってたんだけど、やっぱり飲んじまったよ。
まぁとりあえず全部出た。出し切れた。と思う。

何も出来なかった、やろうともしなかった、でもそれでよかったwonderwanderが、今年になって重い腰を上げてレコーディングやらイベントやらに前向きになってきた。
もう本当に、それは松井の存在が全てで。
2月にカレンダーカフェで一緒にやった次の日に下北沢440でミーティングをした。
正直その時は休止するなんて考えてもいなかったし、それどころかROYAL BOTTOMSをどうやってデカくしていくか、それしか考えていなかった。
8月のROYAL BOTTOMS終わりで松井に話をした。
松井は定食を食べていた。

俺は、好き嫌いが激しくて、誰も得しないような無駄なこだわりを100個くらい持っていて、テンションの浮き沈みも物凄いあって、酒を飲んだ時や機嫌が悪い時はとても酷い言葉を周りの人間に浴びせたり、もうなんかまだまだあるんだけど文字に起こしてみると意外とヘコむからこの辺にしとくわ。
まぁとにかく俺と付き合ってくれる人間っていうのは、そういう星の数ほどある欠点の中から米粒一つ分くらいしかない良いところを見つけなきゃいけないわけ。
だからカレンダーカフェのメンツとタイラみたいな変わり者しか当然相手にしてくれなくなるわけ。
でも松井とは最初に会った時から、とんでもなくフィーリングが合った。
もうね、長所とか短所とか関係なく仲良くなれた。
他人の気がしなかった。
後で発覚したのだが、親父の名前が2人ともヨシオだった。
なんかもう感謝と申し訳なさで何書いていいか分からないよね。
3人で作った大事なイベントを、俺のほんの些細なワガママで終わらせてしまった。
ごめんな。

タイラはよく知ってるけど、俺は人のライブを観て、良いと思った事があまりない。
なんかね、本質が根暗で卑屈だからさ、粗ばっかり探しちゃうの。
だから今まで松井のソロにもTETLABにも、良いとか言った事がない。
悪いとこ探してるからね。

でも、28日のTETLABは神がかってた。
色々な感情があったから、その影響も勿論あるだろうが、ライブというものを観て、心の底から感動したのは人生で初めてじゃないだろうか。
いや、初めては嘘かもしれない。
しかし本当に素晴らしいライブだった。
俺は精神論があまり好きじゃないんだけど、技術とかアレンジとか、そういうの抜きにして、いや、抜きにしたらダメだな、そういうの込みでTETLABの3人が人間まるごとぶち撒けていて美しかった。
10代の頃憧れたあのスターより、20代の頃スゲーと思っていた上の世代の人達より、34歳の今、TETLABというバンドの28日のライブが今まで観てきたどのライブよりも素晴らしかった。

なんか、この流れでさ、他の出演者の方々も最高で…とか書くとスゲー嘘くさくなるから割愛します。

とりあえずあの場にいた全ての皆様、愛してます。

そして、前述の通りwonderwanderお休み頂きます。
7年前、何故か栃木の片田舎のスタジオで始まったwonderwander。
当時はバンドでの活動を想定していて、そんな曲ばかり作っていた。
実際その形態で何度かライブもした。
一度だけ打ち込みのリズムを流しながら、タイラがギターとベースを曲によって持ち替えたり、俺が鍵盤弾きながら歌ったり、今からでは想像つかない事をやっていた。
要するに完全に迷子になっていた。

カレンダーカフェでやらせてもらうようになって、俺たち2人はギターの音と歌だけのシンプルな編成に可能性を感じて、基本的なスタイルをアコースティックに移行した。

あの頃思い描いてた形とは大分かけ離れたけど、間違ってはいないと思う。

ちなみに最初の頃にバンドアレンジの曲を作り狂っていた栃木の片田舎にあるスタジオの名前は「アコースティック」だった。
そういう意味ではブレてない。

wonderwanderという名前は彼が付けた。
意味は無い。らしい。
なんとなく同じ音でスペル違いみたいな雰囲気が良かったのだと彼は言う。

俺は名前なんかどうだってよかったし、正直この名前をプレゼンされた時は「ダセェ」と思った。
翻訳を掛けたら「驚き漫歩」と出た。
超ダセェと思った。
それが、こんなにも愛着のある名前になるとは。

気分次第で言うことややることがコロコロ変わる情緒の安定しない俺と一緒に何かをするという事は自分で言うのもなんだけど、とてもしんどいと思う。
それでも益子平という変態は、そんな人間と共に音楽を作り続けた。
wonderwanderという物質がこの世に7年間も存在出来ていたのは、彼の功績によるところが大きい。

全てが必然だったような気がするし、偶然この2人だったような気もする。
恐らく、タイラでなければダメだ!とかそんなこともないんだと思う。
それはきっと、タイラにしてみても同じだと思う。

ただ、タイラと一緒にやれて良かったと、心から思う。

これから暫く、俺たち2人は違う方向を目指す。
その道が再び交わる時、また一緒に音を出そう。
そしてまたROYAL BOTTOMSっていう最高なイベントを、松井とやろう。

ひとまず、本当に有難う。お疲れ。

とかここまで書いてみて気付いたんだけど、1/10にまたすぐ会うんだよね。
タイラも松井も。俺の企画で。

こんな恥ずかしいこと書いちゃったから
気まずくて少し人見知りするかもしれん。

あ、1/10に日吉カレンダーカフェで「泥中の蓮」っていう名前の企画打ちます。
デイチュウノハチスって読みます。
意味は自分で調べてください。

宜しくどうぞ。

それでは皆様、今年も有難うございました。
皆様の迎える新しい一年がラグジュアリーなものになるよう、祈っとります。