2015年

3月

21日

ノスタルジアフォーザスカイ

正月にはそういう空気が流れていて、なかなか目が向かなかった我が故郷の本来持つ雰囲気に触れ、とてもセンチな気持ちになっている3月22日という日。

一ヶ月ほど前に、3月21日帰ってこれないかな?風の連絡を地元の友人に貰い、一泊二日の栃木弾丸ツアーを決めた。

別に特別じゃない、なんでもない日の、なんでもない飲み会。

全員が歳を取り、徐々に疎遠になってしまった中学校の時分に仲の良かった同級生を、オカダとタカダという2人の男子が思い付きで集めた。

本当にただの飲み会だったが、瀕死の宇都宮という街において、あのような企画が出来る男が2人もいるということに、なんだか感動した。

そして、今回の帰省で改めて両親の有り難みを痛感。

この歳で赤字続きの活動を続ける息子に、いつかまたライブを観に行きたい、と母親が言い放ったときは、思わず涙腺ごと目から零れ落ちそうになった。

来月に控えた録音の話をしたら、とても喜んでくれた。
1日しか滞在しないドラ息子のために好物のカレーを鍋いっぱい作っていてくれた。
そんなに食えねーよ。
市販のルーの味だが、世の中で一番美味いような気がした。

ただ甘やかしているだけ、と思う人もいるだろう。
実際そうなのかもしれないが、俺みたいな芥が今だに生きていられるのは家族をはじめ、日吉の人達だったり、一緒に音を出してくれるメンバーだったり、ライブに呼んでくれる人達だったり、その全ての人達のデカい器のおかげなのだと、今更、強く思う。

駅まで送ってくれた母親に、3億稼いだら栃木に帰ってくる、と告げ電車に乗り込む。

俺の揺られる鈍行列車と並走する、田舎丸出しのセダン車を眺めながら、株でもやるかな、とか考えている。

高い建物もない、流行りに敏感でもない、技術や知識、あらゆるモノが東京に比べたらだいぶ遅れているあの町から、すごく良い刺激を貰えたような気がする。

来てよかった。

このホンワカとした気持ちのまま、明日の仕事のことを考えると死にたくなる。