2013年

12月

07日

酔いどれの師走

先週は仕事以外にも割と外に出た週だった。

月曜日は完全なる非の打ち所も無い二日酔いで一日中地獄だった。

火曜日は普通。

水曜日には少し大事な話をしに日吉へ。

木曜日は家のオーナーでもあるベーシストのNZMと飲みに行き色んな事を話す。

金曜日は再び日吉へ。ただの晩酌。

 

皆それぞれ悩みがあり、端から見たらチンケなことで浮いたり沈んだりしてる。

俺も然り。

そうやって当たり前の出来事が当たり前のように過ぎていった一週間だった。

得体の知れないものに恐れもするし、退屈な日が続くと無気力にもなるけど、ド真ん前の問題に全力を尽くし、たまに休んで、なにより誠実に一所懸命に生きていくことが人として気高いということだと思う。

自分を取り巻く環境も大事。

例えば親友が真っ当な世の弾かれ者だとしても、彼(彼女)のことを信用し、尊敬でき、そこに一寸の迷いも無いのなら自分にとってはそんな世の中の方がオカしい、間違いであると声高らかに笑い飛ばせるはず。

そこに様々な情報が混入し、更に社会の擦り込みによって、そういった感情が臭いものであるという認識を持ち、本来の自分に蓋をしてしまう。

それは即ち、過去の自分を殺すということ。

金を稼ぐため、自分を守るため、理由は多様にあるから一概には言い切れないが、今までの自分を否定しなければならない環境など必要ないと思う。

でなければ、いつか現在の自分も将来的に自らの手によって殺されてしまう。

結局のところ、生まれたくて生まれてきたわけではないのだから、どうせなら愉快な方がいいかなと。

多数派に紛れて量産型の安心を手に入れることなど愉快でもなんでもない。

自分を他と比較し優劣を付けようとする社会があるなら、その社会を拒絶しろ。

みたいなことを戸川博人は言っていたよ。屋上で。逮捕直前に。

 

出来れば、ストレスフリーな人生を送りたいね。

俺も、俺に関わる人達も。

その他は知らん。